2010年 10月 19日
グーの時は火葬の翌日からポロポロと涙が出た。
どうしようもなく寂しくて、ワンワン泣いては
よくピコに顔をペロペロ舐められた。

悲しみ、寂しさ、喪失感。
そんなものに襲われてもいいはずなのに
なんでだろう、涙が出ない。

ピコが旅立った直後。火葬の時。
ワンワン泣いたのはこの2回だけ。
以降、ずっと奇妙な感覚が続いている。

ピコの事を考えると心臓がズキンと痛くなる。
胸が苦しいのではなくて、心臓が本当にドキュンと音をたてる。
その音を合図に、慌てて別の事を考える。

無理をしているのか、或いは現実逃避なのか、
なんなのか良くわからないけれど
今はある意味「全てなかったこと」にしてしまわないと、
感情に蓋をしてしまわないと、日常生活を送れない気がする。

火葬から戻って獣医に挨拶に行くまでの4〜5時間で掃除機、
クイックルワイパー、スチームモップなどで家中を徹底的に掃除した。
まるで証拠隠滅でもするみたいに。

「今のうちにピコの毛を消してしまわなければ」

消せるわけないのに。
ピコの毛も、思い出も。

骨壺を見ては「???」と思う。
これは確かにピコのはず。
でも実感として全くそれが感じられない。
だから遺影を飾っていない。
昔に海でグーと撮影した遠目の写真1枚だけ。

ピコの最期の記事を書いている時も
なんだか逆にみなさまに申し訳ないほど冷静だった。
内容が内容なだけに悲しい記事にはなってしまったが
真実だけを、当事者ではなく報道記者みたいな気分で書いていた。

予想外の心の動きに自分自身困惑している。
が、そもそも心の動きなんて予測できるはずがない。
そしてグーの時と比べても仕方ない。
あの時とは犬も状況も全て違うのだから。

犬とどっぷり暮らし始める前。
あの十数年前に戻りさえすればいいのだ。
あの頃の私も普通に幸せだった。
別に犬のいる生活が全てではない。
あの頃に戻ればいい。
全てなかったことにすればいい。
犬ブログもやめてしまおう。
だって私はもう犬と暮らしていないんだし。

。。。なーんて自虐的構想がよぎったりもした。
相当心がひねくれているようだ。(笑)






あれだけの事があったんだもの。
今は心が混乱しているだけ。
大丈夫、私はきっとそのうち立ち直る。
今のワケワカランチンな自分はなんだか嫌だけど、
早くこのモヤモヤ状態を抜け出したいけど、
多分無理に元気になろうと思わない方がいい。
消化できるだけを少しずつ消化していこう。

いつか自然と涙が出てくるのだろう。
そして時が過ぎ、気がついたら
心の中にピコライトがポッと灯っているのだろう。

そして、それがいつかは分からないけれど
私はまた犬を迎える事になるのだろう。



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by goopicot | 2010-10-19 01:20 | 犬/思い出





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