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2007年 05月 21日
from PICOT
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by goopicot | 2007-05-21 15:59 | 犬/思い出



2007年 03月 21日
この半年間を振り返って
グーさんが旅立って今日でちょうど半年。

たった半年・・・
もう何年も会ってない気がします。

なんと言えばいいのでしょうか・・・
もうねぇ、とにかく特別だったワケです。
飼い犬とかペットとかそんな次元ではなく、
グーという「存在」そのものが。

で、肉体が消えて無くなってしまった後でも
その「存在」というか、グーの魂が私の心を占領しちゃってて
どうにもこうにも消えないワケです。

会いたい、でも会えない。
そんな時はどうしても胸がキューンと痛くなってしまうのです。

先日友人と自由が丘を歩いていた時の事。
英ゴル2頭を連れた方が通りすぎました。

アッ・・・
一瞬空気が止まりました。
ちょっと苦笑いしながら私を見つめる友人。
グーさん思い出しちゃうかな、と心配してくれたのでしょう。

でも他の犬を見ても悲しくはならないのです。
だって全然似てないんだもん。(笑)

ヘンテコリンなグーさん。
なんだかおかしなグーさん。
そしてちょっと寂しそうな、あの目つき。
グーの全てが「私にとって」ナンバーワンだった。

日本一、世界一、宇宙一。(笑)

「私にとって」グーほどの犬はこの世に存在しないのです。
グーに太刀打ちできるのはこの世でピコだけ。

永遠の親バカです。(笑)

まだまだ悲しいです。
神様のアホんだら、こんな早くグーにお呼びをかけやがって。
たまに天に向かって「クソぉぉおおおおおおおーーー!」と叫びたくなります。(笑)

それでも時は確実に流れてるんだなー、と思います。
グーを抱きしめられない寂しさよりも
これだけ愛せる魂に巡り会えた事に喜びを感じる回数が
少しずつですが増えてきた気がします。

そしてこの半年間、私が一応正常でいられた(かな?)のは全てピコのおかげです。
ウチのように子供のいない家庭においては
自分以外に面倒を見なければいけない存在があった、
というのが非常に大きかったと思います。
特に私みたいな弱虫毛虫の甘チャンは
きっとピコがいなかったら普通に生活なんておくれなかった。
この半年間、ピコの無邪気さにどれだけ救われたか。

だから「私にとって」ピコは宇宙一かわいいのと同時に
宇宙一エライ犬なのです。(笑)



私は親バカ。あなたも親バカ。
私の犬は宇宙一。あなたの犬も宇宙一。

それが一番。
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だよね、グーさん。
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by goopicot | 2007-03-21 18:48 | 犬/思い出



2007年 03月 11日
ロゴ画像
f0095047_22504032.jpg←いい加減このロゴ画像に飽きた。
でもピコだけの画像に変えるのには抵抗がある。
かといって死んだ犬の画像を更新するのは如何なものか。

結論からすると現在(ピコ1頭)の画像は本文で、
思い出の写真はロゴ画像として更新する事にした。

グーピコのツーショット。
今後決して増える事はないけれど、
どれだけ更新しても当分ネタ切れにはならないだろう。(笑)
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by goopicot | 2007-03-11 23:19 | 犬/思い出



2007年 02月 17日
ビデオ
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グーの亡くなる前夜、何かの拍子でボタンがONになって
偶然撮影されてしまったビデオ。
撮れてるのは床だけ。

ずっと見る事が出来なかった。
でも、ついに見てしまった。

グーの苦しそうなうなり声。
ワケわかんない事を口走る私。

全てが鮮明に蘇ってしまった。
そう、あの夜グーさんは本当に苦しんでいた。

苦しんだのが一晩で良かった。
あの苦しみが続かなくて良かった。
今はきっと天国で幸せに走り回ってる。

頭では分かってる。

でも、やっぱりずっと息してて欲しかった。
一人で逝って欲しくなかった。
私が起きるのを待ってて欲しかった。

グーが恋しくてたまらない。

見なきゃよかった。
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by goopicot | 2007-02-17 00:54 | 犬/思い出



2007年 01月 24日
モニチョニ
三太ママの娘、モニチョニ。
モニが長女、チョニが次女。
右側の絵を描いてくれた子供達。(チョニ=ソニ)
友人の子供達というよりは、もはや家族同然。
私の事もファーストネームで呼び捨てだし。

昨日の三太ママとの会話。

「チョニがよく学校の帰りにグー連れて帰ってくんだよねー。」

チョニいわく、グーが帰り道に待っているそうな。
で、チョニの肩に乗っかるらしい。
で、チョニ的にはそれが重くて仕方ないらしい。

「だってママ、ほら、今だってグーのニオイするでしょー?」
「んもうー、グーさん、重いよー♪」

としょっちゅうマジ顔で言ってるらしい。

チョニは嘘をついているのだろうか?
それとも気がおかしくなったのだろうか?

私はそうは思わない。

チョニは昔から不思議な子供だった。
決してヘン、という意味ではない。
ただ一般の子供とはちょっと視点が違うというか、
全然俗っぽくないというか、
感受性がとても豊かで驚くほど純粋な子供なのだ。

あれだけグーを心配してくれたモニチョニ。
あんなにグーのために涙を流してくれたモニチョニに
グーがひょっこり会いに行っていても全く不思議ではない。
そして、それをチョニの敏感なレーダーがキャッチしていても
それはある意味とても自然なような気がする。

多分グーはしょっちゅうウチにも戻って来てるんだと思う。
大人になって感受性の鈍ってしまった、
私の濁ったレーダーがそれをキャッチしてないだけで。

大人の教祖サマの言う事なんて信じない。
でも子供のこういうのは信じます。

そっか。
グーさん元気でよかった。
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by goopicot | 2007-01-24 23:58 | 犬/思い出



2007年 01月 20日
バースデー
今日はグーさんの誕生日。
9歳になるはずだった。

盛大にお祝いしてたかな・・・
いや、多分してなかったな。

いつも通りお散歩行って、
いつも通りオヤツあげて、
いつも通りくっついて。

あーあ、今年もたいした事しなかったね。
グーさんごめんねー。
来年に期待してねー。

なんて言いながら肉球嗅いでたと思う。

メソメソしてたらピコが大慌てでやってきた。
ベロベロベロベロ猛アピール。

「ワタシガ イルヨ」

そう、アナタがいる。
アナタがいてくれて本当によかった。

グーさん、おたんじょうびおめでとう。
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by goopicot | 2007-01-20 13:14 | 犬/思い出



2007年 01月 05日
グーちゃんたち
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グーちゃんたちんとこ行こうよ。
グーちゃんたちとドコドコゲームやろうよ。
グーちゃんたちと海行こうよ。
グーちゃんたちにオヤツあげようよ。



「グーちゃんたち」

このお正月、姉の子供達が何度も口にした台詞。
彼らは今までグーピコの事を「グーちゃんたち」って呼んでたんだな、
とグーがいなくなって初めて気がついた。

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「グーちゃんたちじゃなくてピコちゃんね」
訂正してみるがクセになっている。

「グーちゃんたち・・・じゃなくってピコちゃん」
どうも慣れるまで時間がかかりそう。



f0095047_15145882.jpg我々にとって「グーちゃんたち」という感覚はもはや薄れつつある。だって、グーは明らかにもうココにはいない。もちろんグーを思わない日はない。でも3ヶ月半・・・数字にするとたいした事ないけど、ぽっかり空いた大きすぎる穴を嫌でも感じながら毎日暮らしていれば、どれだけ会いたくても会えない状況の中で生活していれば、どう逆立ちしても「グーちゃんたち」という発想は出てこないわけで。


「グーちゃんたち」

グーはイトコたちの中にしっかり足跡を残している。
そしてまだ彼らの中でしっかり生きている。
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by goopicot | 2007-01-05 15:26 | 犬/思い出



2006年 12月 21日
月命日
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いくわよっ!

(はいっ!)


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ぽーんっ!

(かぷっ!)


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(くっちゃくっちゃ・・・)

もってきてっ!


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(はいっ!)

いいこね〜♪


獣医の言う事なんて無視してこの頃精密検査してたら・・・
なんて考えても仕方ないことです。
でも、そんな仕方のない事を月命日になると考えてしまいます。

もっともこのブログでは未だグーの話題が多いのですが、
実生活でもグーの事を引きずっているわけではないのです。
もちろんまだまだ悲しいし、寂しいし、会いたいし。
ふと振り向くとそこにいそうだし、ドアの後ろから視線を感じるし。
しょっちゅう「ぶぉおおおーーーっ」と涙が溢れてくるし。
でも、私なりに精一杯グーの死を受け入れていると思います。
グーが闘病生活という「心の準備期間」を私に与えてくれたおかげです。

更に、こうやってグーとの思い出を綴る事により、
心の中に溜まっているモヤモヤを吐き出す事により、
なんだか気持ちが落ち着いていく気がします。

だから、ちょっとしつこいかもしれませんが、
今後も心の赴くままにグーとの思い出を書いていこうと思います。
読んでくださっている方のためではなく、自分の心のために。

究極の自己中でごめんなさい。(^^;
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by goopicot | 2006-12-21 19:41 | 犬/思い出



2006年 12月 18日
クリスマスカード
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死んだ犬をカードにするってのはどんなもんなのか。
というか、犬の死で喪中ってのはどんなもんなのか。

でも・・・

長年ずーっと年賀状やクリスマスカードを飾ってきたグーさんが
カードに登場するのもこれで最後だし、
世間の常識がどうであれグーピコ家的にはどう考えても喪中だし、
事情をお分かり頂けそうな方に限って
今年の年賀状はパスする代わりに
クリスマスカードを送りつけさせて頂いた。(笑)

クリスマスカード、昔はよく書いていた。
でもだんだん書かなくなってきたし、もらう事も少なくなってきた。
代わりに毎年年末になると年賀状と格闘するのだが、
なんか違うんだよなぁ・・・クリスマスカードと。
どうもクリスマスカードのような暖かみを感じない。

私はカトリックの学校で育ったせいか
小さい頃から教会にはとても馴染みがある。
友達と喧嘩しては学校のお御堂に駆け込んでコッソリお祈りをしていた。
信者ではないけれど、心の洗われる大好きな場所だった。
そして今でも周りにカトリックがうじゃうじゃいるせいか(笑)
クリスマス=キリストの誕生という意識がとても強い。

日本のクリスマスは宗教とは無関係のお祭り、イベント。
でも仏教徒がクリスマスに教会に行ったり
カトリック信者がお正月に初詣に行ったり
そんなアバウトさが私は好き。
(相手に"Happy Holidays"と言うべきか・・・
"Merry Christmas"というべきか・・・なんて悩まなくて済む)
数年前のクリスマス、我々が11年前に結婚式を挙げた教会に向かっている時
若いカップルが「へー、教会でもクリスマスって祝うんだー」
とマジ顔で話してた時はさすがに驚いたけど。(^^;



サンタなグーさん。
プレゼントは何もいりません。
グーさんが天国で幸せならそれでいいです。
どうぞピコの事だけ見守ってあげてください。
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by goopicot | 2006-12-18 01:03 | 犬/思い出



2006年 12月 09日
領収書
f0095047_22274543.jpg年末の大掃除に向けて棚を整理していたら
出てくる出てくる獣医の領収書。

連日よく通ったなぁ。
よくこんだけ払ったなぁ。
グーさんよく頑張ったなぁ。

グーと共に戦った証。
バカみたいだけど捨てられそうもありません。
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by goopicot | 2006-12-09 22:38 | 犬/思い出